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壱拾五. 「 あなたにとって、最高に楽しかった夏の思い出は?」 


中野英雄
中学二年生の夏休みかな、
あの頃は一つ年上の女の子と付き合っていてね、部活と秘密のデートと夏祭りとこれの繰り返しだった!
真っ黒に日焼けして引き締まった体の僕は将来の事など何も考えず目の前の事だけに一生懸命でした!
もう戻る事は出来ないけど、一日でいいから帰ってみたいなぁ!
来年、わが次男坊は中二の夏を迎えます!
さて彼はどんな夏休みを過ごすのだろう!



森下千里
小学生の時に過ごしたおばあちゃんちの夏。
田舎ながらの空気で、みんな仲良し。ゆっくり時間が流れました。
夜は道路に寝込んで、流れ星を数えて、朝日を見に川沿いを、自転車に乗って、
太陽をいっぱい浴びながら、公園をかけっこ、スイカの種を飛ばしあい、採ってきた牡蠣をほおばる。

みんな笑った。
従姉妹のおねーちゃんもタダシも、おばちゃんも、お母さんも、あたしも、お兄ちゃんも、笑って。
笑った。
たくさん沢山、いいことがあった。キラキラしてた夏。
とても、大切な夏休みです。



加藤郁子
4年前、27時間テレビのために、熊本県の五木村まで毎週のように通っていました。
五木村に生えている竹を使って、バンブーマリンバを作り、
そのマリンバで 『五木の子守歌』 を演奏するというモノでした。
共に毎週のようにマリンバを作っていたのは、五木東小学校の生徒達。
五木村は、コンビニもなければ、唯一の商店も17時に閉まってしまうような過疎の村。
そこには、私が今まで見たことのないような自然がたくさんあったのです。
幾千万の蛍に出会い、自然の中でのびのびと育った子供たちに、
25才にして「おばちゃん!」と呼ばれながら過ごした夏の日々。
五木村を訪れる度に、私のささくれだった心は癒されていきました。
あのきらきらした日々は今でも忘れられません。
生放送で 『五木の子守歌』 を立派に演奏した五木東小のみんな。
次の日、雨の中、東小を去る私たちの車を「おばちゃ〜ん!おばちゃ〜ん!」と追い掛けてきてくれて、
本当にうれしかった!
いつかまた訪れたい。
みんなに会いたいです。



佐伯俊
東京に出てきた年の夏
お酒も覚え、ほぼ毎日のように吐いていた
初めての夏バテも手伝い、8kgも痩せた
本当に駄目人間の生活だった
とても楽しかったと思う
あまり覚えてないけど・・・



大西麻恵
カナダにホームステイした青春真っ盛りの高校2年、最高の夏。
色んな仲間と、同じ時を感じた1ヶ月。
カヌーも、ラフティングも、小旅行も、遊園地も、花火にもいったなあ。
財布をバスに忘れて、バスを追いかけたあの日。
雨の中、川の真ん中で凍えながらビーチバレーをしたあの日。

びしょびしょになったあの遊園地。
楽しかったあの道。
迷ったあの道。
笑い転げたあの道。
コーラーぶちまけて迷惑かけたあの道。
マクドで7番食べたあの道。
一番元気だったで賞を貰ったあの日。
今というものを生きていた、
本当に一番笑った夏だったなあ。



久米田彩
高校生の夏
1ヶ月も前からこの日の為に浴衣を選び、今朝はいつもより気合いを入れて髪を結う、今日は学祭。
そろそろ陽がおち始めた頃、女子生徒は揃って学生服から浴衣に着替えに教室へ。
戻ってきたその顔には ほんのりと薄化粧。
照れ笑いした彼に近づき、そっと手をつなぐ・・・
その瞬間 『つないだ手から "好き" が出てる気がしてすごく恥ずかしくて〜』
ドリカムのThe signs of LOVEが頭の中でリピートする。
「シュッ、ヒュルヒュル〜、ドドーン!」
大きな花火がグランド一面に舞い散った。



岡田祐一
やっぱり海!!
って言いたい所ですが、若い頃から毎週の様に海に行っていたので(波乗り)逆に夏の海は何処を見ても人人人で、嫌になりますね。
しかし、唯一そんな海でも楽しかった思い出は、小学校3年からの大親友の「健」と言う人間とその家族と他数名で、千葉のキャンプ場でキャンプをした事ですかねえ・・
海辺で子供たちが海水浴をし、男たちは慣れない手つきでテントをはり、奥さんたちは炊事をする。
そんな、絵に書いたようなほのぼのとした光景が独り者の私にとって最高に楽しく、気持ちが暖かくなる又、
リフレッシュさせてもらう数日を過ごしました。
みんな!特に健ありがとう又やろうね!



森望美
丁度一年前の夏です。
フラッペ売りのバイト、
24時間テレビのチャリティースタッフ、
日本丸の真上に上がった大きな白鳥の花火をみながら夢を語った日、
海で夕日を眺め寝てしまい焦った夜、
学生最後の学校祭。
本当に濃い夏でした!
中でもやっぱり学祭が最高でした。
朝から夜まで必死になって準備し、
本番で大成功を納めたあの夏の思い出は宝物です。
今年は学生を卒業して初めて迎える夏。
どんな夏の思い出ができるのか楽しみです!



山口粧太
1974年、原辰徳が夏の甲子園に1年生で出場した日、我が家にクーラーがやってきた。
デパートと宮田くんの家にしか無いはずのクーラー様が、我が家の居間でたたずんでいらっしゃる。
思わず麦茶を出すところだった。
お名前は 『霧ヶ峰』 様。涼しげ〜 優雅〜

「よし、窓を全部閉めるのだ!」
おやじの号令に従い、汗を飛ばしながら家中を走り回った。
蝉の声が消え、聞こえない風鈴が窓の外で揺れている。
そーっとスイッチを押した。 
ドドドィ〜〜ン・・・
顔を近づけ、口を全開にして、冷たい風を思い切り、オモイッキリ吸い込んだー!
「ヒエ〜・・ む、むしばがしみる〜!」



悠乃
初めてした一人旅
私昔から真面目なとこがあって突拍子もない様な思いきった行動ってした事がなかったんですよね〜
でも今までで一度だけしたことがあって、その話をしますね!
ドルフィントレーナーの勉強をしていた時、芸能への道も捨てきれなくて毎日モヤモヤしていたんです。
考えても考えも決断できなくて…ハゲちゃうかと思いましたよ〜(笑)
悩んだ末に、「え〜い!こうなったらトレーナーの本場の海外へ行っちゃえ〜!!」って、
本当に2日後オーストラリア行きの飛行機に乗っていた! 親にも内緒で。
学校へは「インフルエンザにかかりました」と母親なりすまし、電話を入れてバッチリ!!
今考えるとインフルエンザなのに夏…? 季節はずれもいいところ。 バカ満開でした(笑)
貯金はたいて向かったはいいものの、着いたらサッパリ英語はわかんない。
泊まるところもないし、泣きそうになったり、18歳の私にはちょっと危険すぎた旅ですが…
現地のかたは困った私によくしてくれた方もいて、素敵な人たちに巡りあったり。
せっぱつまって飛行機に乗ったのに、だんだんこの悩んでる自分が、
「これこそ人生楽しんでるなぁ〜」 って思えてきてすごい前向きになる事ができて帰国しました。
この旅は野生のイルカにあったり、ボ〜っとしたり考えたりしただけなんですけど、
すごい内容は濃〜い一人旅だったなぁ。
最高に悩んだ事が一番楽しかった思い出って変かな!?(笑)



夢花 ( しばらくお待ち下さい)



青木秀加 
友達とバーベキューに行ったことです。
車を走らせて山梨まで行きました。
車の中でも、買い出しの時も、みんなでワイワイ大騒ぎでした。
食べて、喋って、笑って…正に“青春”っていう感じでした。
バーベキューってホント楽しいですよね!
今年も行きたいなぁ。



荒木恵
バイクの中型免許を取ったばかりの夏。
免許を取る前から乗りたいバイクは決まっていた。
kawasakiのバルカンクラッシック400。
中型の中でも一番でかいのを!!
買いたい理由はなんて、だいたいそんな単純なもの。
バイクの楽しさを知った夏。
大型の免許を取った今、その欲望はどんどん肥大していく。
もっとでかいバイクに・・・!!乗りたいバイクは決まっている。
今年の夏が楽しみです。


美有
私、地元が大阪の茨木市というところなんですけど、
この茨木市ってミスコンがあるんですよ、 毎年夏になると!
これが馬鹿にできなくて、賞品が海外旅行なんです。
それで十代のころ応募して、『ミス茨木』 に選ばれたんです。
そしてミス茨木三人と、茨木の商工会議所のおじ様(っていってもみんなおじいちゃん)と、
二十人の大所帯で韓国、中国、バンコク、プーケット、香港、マカオに行きました。
これが最高に楽しかった!!
万里の長城に登ったり、プーケットで泳いだり、マカオでカジノしたり、九龍を散歩したり、
最後の韓国のお別れパーティーで大泣きしたり、
今辛い事があってもその時の素晴らしい思い出を思い出すと元気が出るんです。
その思い出は死ぬまで私の中で輝き続けると想います。
また行きたいなぁ、、、


若江さとみ
楽しい夏の思い出…
その言葉を聞くと頭の中に、ケツメイシの夏の思い出を思い出します。
私が高校3年の夏、好きで好きで毎日聴いていた曲でした。
だから楽しい夏の思い出と聞かれると、ケツメイシの夏の思い出がかかせないです。
高校3年の夏はたくさんの事がありました。楽しい事、嬉しい事、悲しい事、辛い事…。
人生で一番いろいろな事があった時期だと思います。
その思い出が全部、夏の思い出の曲につまってる感じで、聴くとせつなくなります。
でも凄く楽しかった思い出も、夏の思い出の曲を聴きながら毎日過ごした事です。
考えると胸がせつなくなるような感じだけど、でも最高に楽しかった夏の思い出は、
夏の思い出の曲って感じです。

 


孫田奈々代 
小さい頃は、毎年のように母の実家がある大阪に行っていたので夏休みと言えば大阪!って感じでした。
母の姉にあたる叔母さんの家に泊まったりしていたんですけど、
そこの近所には市場もあったり、歩いていると長家がたくさんあったりして、
普段自分の家の周りでは目にしない風景を見ているだけでも大阪に来たなぁって思いましたねぇ。
市場に行くと入り口にはコロッケ屋さんがあって、一つ買うとその場で食べるように渡してくれたり、
中にあるジュース屋さんには “冷しアメ” と言う飲み物があって、それが珍しくていつも飲んでいたなぁ。
なんかどれも新鮮で楽しかったぁという思い出ばかりです。
他にも、食べ物の話しばっかりですけど、
お好み焼き屋さんに行ったりとか、関東とは違う薄味のうどんも、
それはそれでおいしくて小さい頃は、毎年大阪に行くのが楽しみでした。



山本大
夏の幻 2001年・夏
甲子園を目指した我が母校、横浜商業は、ベスト4の座を懸けて西武ライオンズの松坂大輔投手の出身校でもある横浜高校と対戦した。神奈川の伝統の一戦ということもあり、球場は超満員に膨れ上がった。
横浜高校とやる一つ前の試合で、マグレの決勝打を放った自分は、試合後に記者やアナウンサーに囲まれインタビューを受けた。 次々と質問に答えた最後に、
『次の相手は横浜高校ですが、山本選手はどういう気持ちで試合に向かいますか?』 と聞かれた。
『野球エリート達の勝ち誇った偉そうな態度が気に入らないんですよ。明日は大観衆の前で恥かかせてやろうと思っています。』 そう答えた。 今では想像もつかないビッグマウス。 記者達は一斉に黙った。
翌日の新聞に自分の記事が載ることはなかった。高校生は爽やかにしなきゃいけない。

試合が始まると、相手選手に汚い野次を飛ばす。
『テメー、ウチの学校の女とヘラヘラ横浜歩いてんじゃねーぞクソヤローが!!』
相手は明らかに動揺しているが、自軍は言葉を続ける。
『もう我慢できないとか言いながらクネッてるらしーな!馬鹿かテメーは!』
相手の主力打者はその試合無安打に終わった。
スポーツマンシップなど必要ない。勝たねばならない。
だが相手チームの力は色々な面で完璧だった。体格、技術、戦略。正直、桁が違うと感じた。
自軍は全く抵抗出来ずに負けた。
自分も相手投手に完璧に押さえ込まれた。恥をかいたのこっちだった。まぁ、仕方ないか(笑)。

『バッター、山本』 がアナウンスされる。
応援席からは自分のテーマ曲だった 『軍艦マーチ』 が太鼓に合わせて球場に響き渡る。
味方の期待を背に打席に向かう途中、スタンドやベンチからは凄まじい声援を受ける。
『山本ぉ〜!憧れ続けた甲子園は目の前だぞ!』 『ダイ!横浜に舐められて引き下がるな!ブン回せ!』
『山本ぉ〜!お前は無敵だ〜!横浜なんざシバキ倒したりや!』
身体の芯から熱いものが込み上げ、天に召されそうになった。

自分が男に生まれてきたことを心底誇りに思うと同時に、色々な人達の支えがあって自分はこの舞台に立てているのだと感謝した。
超美人なハリウッドセレブとベッドを共にしても、
あの時自分が感じたエクスタシーを得ることは出来ないだろう。



乃西夏未
私が19歳の誕生日に誕生日パーティをやりました。
想像よりたくさんの人が来てくれて、すごく嬉しかったんです!! 
仕事を一時間だけ抜けて 「顔だけでも見せようと思って」 と来てくれた人、
団体で来てくれて 「頑張れよ」 って胴上げしてくれた皆さん、
飲んだ事のないシャンパンに、花火をつけて 「おめでとう」 と飲ませてくれた人、
パーティが終わる5分前に花束持って 「ごめんね遅れて」 って駆け込んでくれた人、
何度も嬉しくて泣きそうになった私以上に、泣きそうだった人、
その他 約束守ってくれた皆さん、来て下さった皆さん、
あんなに自分の存在価値を感じれる日はなかったです、とにかくありがとうございました。
その日すべてが、最高の思い出です



星野誠司
僕にとって楽しかった夏の思い出は中学生の時から恒例となっている夏のバーベキューです。
最初は同じ学校の友人、数名と自転車で6時間以上かかる山奥の川まで行きました。
もちろんテントや鉄板などもみんなでお金を出しあって揃えました。
6時間もかかる道程はその頃の僕達にとってはかなりの冒険でした。
寝ないで遊んで帰り道はふらふらでした。
高校生になり他校の友人も参加するようになり、人数も増え、原付免許を取り、自転車が原付になりました。
それでも4時間近くかかりました。
高校を卒業し、原付からバイクや車になりました。
移動時間も一気に2時間まで縮み、広いと思っていた世界がとても小さくなりました。
その頃にはバーベキューは大会に代わり、参加人数は30名以上になり、バイクに車にトラック。
発電機に長テーブル、ビンゴゲームの機械まで導入され、
ミニイベントの優勝者にはトロフィーや賞状を業者に発注してまで作り、授与し、夏のビッグイベントでした。
今では、それぞれの仕事や住んでいる所の都合から人数も減り、
僕もここ数年参加出来ないでいるのですが、
バーベキューと共にみんな大人になっていきました…』



森田雄人
6年前に行ったカリブ海クルーズ!
「ボヤジャー オブ ザ シー」 で回ったカリブは未知の世界だったのですが、治安が悪いのを除けば、酒好きの僕には天国でした。
豪華客船は最高です。
1日5食用意される食事の他にルームサービス、かなりの数のイベントてアトラクション。
ジム、サウナ、カジノに映画館。
巨大なプールになーんとアイススケートリンクでは、もとオリンピック選手のショーや、コンサートやミュージカルまでみれるシアターまであり、まさに動くリゾートホテルでした。
寝ずに遊んでも遊びきれないです。

お気に入りの島はジャマイカ!
街の配色と、海の綺麗さと、黒人の多さに驚きました。
この島ではあのトムクルーズの映画カクテルにでてきた、ジャマイカダウンリバーホールズを歩き感動!
チューブを聞きながら、島内観光をしてました。
その他フランス色強い、セントマーティン、マヤ帝国のメキシコ、スキューバをしたセントトーマスなど7泊8日でまわりました!
僕にとっての忘れられない、
時計のいらない夏の思い出でした。

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